はらぺこおっち丸の日記

夫婦二人暮らし+猫一匹、ささやかな日常。

1. 秋の田の

百人一首ブログ、第1回です!
一緒に百人一首を楽しみましょう!!

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百人一首とわたし - はらぺこおっち丸の日記

百人一首の順番にならって、この歌から始めますっ(*^_^*)

秋の田の 仮庵の庵の 苫をあらみ
わが衣手は 露にぬれつつ

まずは、語句や語法をひとつずつ見ていきます!

「仮庵の庵」 農作業のために建てられた粗末な仮小屋のこと。

「苫」 菅(すげ)や萱(かや)を粗く編んだむしろのこと。
「苫をあらみ」とは、「苫が粗いので」ということです。
「〜を…み」とは「〜が…ので」という、原因や理由を表す語法ですね。

「ころもで」 衣の袖のこと。ちなみに「ころもで」は歌語といって、和歌でしか使われない表現だそうです。

「ぬれつつ」 「つつ」は反復・継続の接続助詞。袖が次第にぬれていくことを表しています。

つまり、そのまま現代語にしてみると、
「秋の田の仮小屋の、苫の編み目が粗いので、私の衣の袖は、露で次第にぬれていくなあ。」
てな感じの歌ですね!

粗末な小屋の中で、露が垂れてきて嫌だなぁ(´・_・`)という雰囲気ではなく、

粗末な中にも秋の美しさ、わびしさ、静けさ、そして農業の尊さを感じられます。

作者は天智天皇です。

でも、なんでこんな粗末な小屋に、天皇がいるのか?と思いますよね。
子どものころは、天皇が趣味でお泊りに来たのかな?くらいにしか思っていなかったけど(^_^;)

実はこの歌、万葉集
「秋田刈る 仮庵を作り 我が居れば 衣手寒く 露そ置きにける」
という、作者不明歌がもとになっています。
「秋の田の」より農業の作業感が出ている雰囲気。
「刈る」とか「作り」とか。
言葉遣いもなんとなく素朴な印象です。

その歌が口伝されるうちに変化して、「秋の田の〜」の歌になり、作者も天智天皇とされるようになったのです。

じゃあ、なぜ天智天皇の歌とされるようになったのか?

天智天皇中大兄皇子)って、中臣鎌足とともに大化の改新を行った人物として有名ですよね。

それと同時に、天智天皇平安時代の歴代天皇の祖として人々に尊敬されていたそうなんです。

農民の労苦を理解できる理想的な天皇の姿をこの歌と重ね合わせ、天智天皇の作とされたのではないか、ということなんですね〜。
趣味でお泊りに来たわけではなかった。

そんなこんなで、みんなに尊敬される天皇である天智天皇の、貧しくも清く美しい、そして寂しい秋の田の農民の生活の歌が『百人一首』の冒頭を飾っています(^^)

派手な印象はないけれど、美しい農業の歌で、私はとても好きです(^^)
百人一首』、いい始まりですね!!

それでは最後に、猪股靜彌氏著の『小倉百人一首』にあった歌意がとても素敵だったので、引用します(*^_^*)
みのりの秋の とり入れの 
稲積む小屋の 葺く草は 
仮小屋故に 目の荒く 
わたしの衣の 袖くちは 
降るつゆ霜に ぬれとほる
…素敵ですよね〜\(^o^)/
シンプルで、わかりやすくて、美しい!!
「ぬれとほる」って初めてみた表現だったのですが、「濡れ透る」ということで、中まで染みちゃった感じですね。

1つの歌についてじっくり考えたのは久しぶりでした。
こんな時間も、いいものです(^^)

「あきのたの、かりおのいおの、とまをあらみ、わがころもでは、つゆにぬれつつ。」

秋の田園風景が浮かんできませんか?



参考文献
・猪股靜彌(1993)『小倉百人一首偕成社
・鈴木日出男、山口慎一、依田泰(2014)『原色小倉百人一首』文英堂